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大坂城天守閣を・・・。 [大坂城には...]

毛馬橋から大川沿いを走って藤田邸跡公園を少し見て大坂城まで行ってきた。
船着き場を越して川崎橋、京阪電鉄ガード下を潜って大坂橋を渡ると京橋口に着く。
天守閣まですぐだ。

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釣り人がノンビリ釣り糸をたれる池。
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正面は天満橋。OMMビル。川崎橋。
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ガードを潜り陸橋を越えて大坂城へ入る。
石垣から下を見ると大阪城ホールの大天井が見える。その向こうはOBBのビジネス街。
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山里曲輪、刻印石広場を抜けて坂を登ると天守閣だ。
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天守の横にはほのかに明るい、御金蔵。
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天守下仕切門跡を過ぎて
下から天守を仰ぎ見る。
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夜の天守閣も見たし、帰ろうか・・・
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大坂橋を渡って、正面にはOAP・帝国ホテルがどど~~んと見える。
自転車だ帰り着くまで一時間。少しえらいな(^^;)
では~[ふらふら]



大坂城の梅林 [大坂城には...]

大坂城の梅林に近くまで行く用事があったのでついでによってみた。
梅はもう終わりに近く僅かに残る程度、咥えてメジロもと思っていたが・・・
ほとんどいなかった。
大坂城の北側『青屋門」の近くに自転車とめて、梅を楽しむ。
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庭園の右側「西側」は大坂城本丸の石垣が聳える。
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香りも満たさず梅花モスク無し。
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ヒヨドリが草をムシャムシャ
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花は少ないと言いつつも夕暮れが近づき天守閣も薄く染まりつつあるまで楽しんだ。
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かつては「玉作」と・・・。 [大坂城には...]

『玉造』の名前の由来

上町台地の東端、難波の高台に位置するこの神社一帯は古代、
大和朝廷の所属する玉造部(三種の神器の玉類・勾玉などを製作)の
居住地であったことから、「玉作」「玉造」と変化したらしい。
古代から中国大陸との交流要地として、大阪で最も早くから栄えた
地であった。
 また周辺には難波宮跡、森の宮遺跡など古代の遺跡が残っている。

豊臣との関係としては、関ヶ原の合戦後、慶長8年(1603)豊臣秀頼により
社殿が再建されたが、大坂の陣で消失、今も残る石鳥居もその時のもの
という。

「玉作岡」の石柱が見え、近松門左衛門の歌碑も入り口の両端に見える。

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真田丸の当たり。 [大坂城には...]

冬の陣の時、惣構えの南側に、出丸を真田幸村が築いて徳川軍と戦い、
「日本一のつわもの」との評判を得た。真田丸と呼ばれた出城はこの辺にあったらしい。
推定地とされる「明星中・高校」。幸村が必勝を願ったという「鎌八幡」。
重複になったりするかも知れないが、三光神社・心眼寺・心眼寺坂・その上り下り。
下りたところは、空堀町。道路を渡ってまた登れば「大坂女学院」(これはまた次に)

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「大坂女学院」については、勉強して次にUPします。お許しあれれ![もうやだ~(悲しい顔)]




空堀ど~り商店街 [大坂城には...]

空堀商店街の入り口まで行ってきた。自宅から自転車で約1時間。
還暦の身には、足も張り、尻も痛い行程だ。これは、大坂城を巡るにつれて初めて
知った事による。大坂城は天守閣があり、内堀・外堀だけだと思っていた。
今までは・・・不勉強だったな~とつくづく思うのです。何事に着けて不勉強!
まだ、多分・・・まだもう少し“生”の時間が残されていると思える内に、いろいろ
やっておこう!!
 から始まった。史跡巡り・・・ようやく第一歩なのだ。
さて、大坂城・本丸・二の丸・三の丸・惣構え。城下町構想があったのだ。
惣構え・総曲輪とも御土居とも・・・いろいろな呼び名があるようです。
大坂城の後長浜城跡京都の秀吉ゆかりの城。そして小田原城周囲10kmに及ぶという
惣構えの、見学まではなんとしてもやり抜きたい。それが終わってから、その次の城だ。
時間とお金が必要だ!頑張ろう!!というわけで

商店街の入り口の写真だけ今日はUPします。
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空堀ど~り商店街に東西に走る惣構えの空堀の一部が垣間見えるそうなのです。
東西南北2.2km四方に及ぶらしいのです。



夕方、大坂城を東側から眺めました。 [大坂城には...]

鴫野・今福の戦場跡近くまで行ったので、東側から夕刻の大坂城・大阪城ホール・薄暗くて見にくい
のですがアクアライナーを撮りました。
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青屋門へ向かう [大坂城には...]

青屋門.jpg内堀と草に埋もれた空堀.jpg極楽橋と天守閣.jpg極楽橋と天守閣正面.jpg石垣の上で楽しげに語り合う、少女達を見上げて‘楽しそうだな’と思いながら、まっすぐ北へ向かう。
突き当たって振り返りれば、遙か向こうに内堀の(空堀)が見える。石垣はここが一番高いのだそうだ。左に曲がれば、橋と天守が見えてきた。極楽橋と天守閣だ。ここからの風景も綺麗です。



空堀に沿って歩く [大坂城には...]

桜門の前を通って空堀に沿って歩きながら...。この空堀は豊臣側が冬の陣で德川側に敗れて、
その講和条件として埋められたりしたものではなくて、元々、豊臣・德川の時代ともに水のない空堀で
あった様です。そのまま歩き北方向に曲がるとと水堀になります。青屋門の方には今はOBPの高層
ビルがよく見えます。当時は、堀と高石垣と天守が見えたのでしょうね...。
桜門_内堀1.jpg桜門_内堀3.jpg桜門_内堀4.jpg桜門_内堀5.jpg桜門_内堀6.jpg



今回は内堀を... [大坂城には...]

前回は大手口から教育棟までを回りましたが、今回は内堀に入りました。
まず、桜門の入り口までです。中に入ってすぐの蛸石などは次に...。

桜門1.jpg桜門2.jpg桜門3.jpg



錦城外堀西側。 [大坂城には...]

大坂城、外堀の西側はこれで繋がったかな?
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西側の続き [大坂城には...]

乾櫓と教育棟、後もう少しで西側の石垣がつながるのだけど...。



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大阪歴史博物館から [大坂城には...]

歴史博物館から、大坂城を望むと天守閣を見るのには丁度良い角度だ。
これが德川大坂城の上に乗っかっている豊臣デザインの大坂城だとは、今まで知らなかったのです。
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大手門、外堀、枡形虎口、千貫櫓等々ようやく憶えた城郭用語です
楽しみながら勉強していきたいと思っています。

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10月10日~10月12日まで、『千貫櫓・多聞櫓・金蔵』の内部公開があるそうです、とても楽しみです。



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